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webエンジニアのメモ

 「幸福な監視国家・中国」を読む。

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

 

去年の良書としてよく取り上げられていた印象のある一冊。面白かった。先日読んだ藤井大洋の「ハロー・ワールド」でも、自由と幸福の関係について似たような問題意識が取り上げられていて、意図せずリンクする事もあったり。わずか数十年でテクノロジーを駆使してドラスティックに変化した中国という社会が、「共産党による独裁政権で起きた強力な監視体制に敷かれたディストピア状況である」という世界から抱かれがちなイメージには誤りも多く、日本を含めた今後の世界の色んな国の未来版のようである、という論考。

・初めて知ったテクノロジーを基にしたサービス

ヒト軸のEC。ライブコマースという、動画とネットショッピングの融合のようなサービスが流行っているとのこと。その場で服を試着してみたりして買い物するらしい。

・社区EC。団地などの単位で共同で物を大量に購入してコストを下げるサービス。

・現金には匿名性がある。流通してきた経路は追えないが、電子決済のデータはさまざまなデータが残る。だからこそ、香港のデモでは参加者はなるべく足のつかない行動が求められた。

・なぜ個人情報を簡単に渡すのかというと、単純に便利だから。信用スコアが上がれば融資や就職などあらゆる面で都合がよくなる。企業としても、サービスの対価としての金だけじゃなく各種のデータを入手することが出来る。これは中国に限った話ではなく、世界的に起きている。ただ、「どういう行動によってどれほどスコアが上がるのか」が不透明になっている。もちろん共産党を批判することもスコアを下げるので、自発的な服従を強いられる。幸福と自由のトレードオフ。ハイパーパノプティコン

・Megvi社では、監視カメラが通行人の情報を即座に捉えて性別や服の情報などを瞬時にセグメント化する。

・市民自身が望む監視。監視カメラの徹底によって、明らかに中国はお行儀のよい社会に変化しつつある。犯罪率も下がっている。スピード違反をすると次の交差点に警官が待っていてすぐ捕まってしまうという世界。

ハーバーマスが批判した市民的公共性の概念とは、環境型権力によって自由意志で考えず飼いならされた市民を批判するもの。中国だけでなく現代の人間にかなり当てはまる。ただ、最大多数の最大幸福を追求する功利主義的に考えれば問題なし、となるのだが。

・ナッジやリバタリアンパターナリズムの概念。自由に選べるが、インセンティブや重みづけをして選択を誘導するような設計のこと。

・国家の検閲はメディアだけでなく個人のSNSまで至るところに張り巡らされている。さらに、不可視の削除という巧妙な検閲すら可能となっている。投稿者にしか投稿が閲覧できない。ぞっとする世界。

・中国では国家の不正を告発するとき、直属の役人を批判し、さらに上部の役人に部下を懲らしめてもらうという「水戸黄門」の構造を取る。トップに立つ人間は徳があり、間違いを犯すはずがないという考えが息づいている。だから、習近平が行った「反腐敗キャンペーン」は司法手続きを踏むことなく、あくまで共産党の綱紀粛正としてトップの鶴の一声で腐敗役人や官僚を処罰した。法治主義が機能していない独裁国家の典型でもある。

・データの所有権はプラットフォーム企業だけでなく、個人にも帰するべきだというティロールの主張。ヤフオクの好評価はメルカリにも持っていけるべきであるという。

・中国は「レギュラトリー・サンドボックス」方式の社会のためイノベーションが生まれやすい。リスクを注視しつつ、イノベーションを容認する。

・一方で、ウイグルチベットの弾圧には擁護する論点が全くない。再教育キャンプという強制収容所に入れて強制労働や拷問・殺害が行われている。また、住民の生体情報を不正に入手し、モスクにいったり祈りをささげるようなムスリムの行動を国家に反抗的だとしてマイナス評価したり、徹底して監視している。