midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

「空也上人がいた」を読む。

大学生の頃から名作揃いだということを知っていて、でもなんとなく絵柄とか暴力的な作風が好みじゃなくて新井英樹という漫画家のファンではなかったのだが、なんとなく枯れた感じの雰囲気を感じて読んでみた。面白かった!現代日本を舞台にした、登場人物はほとんど3人だけ、しかもほとんどが室内の会話劇というめっちゃミニマルな話なのだが、すごく豊かでリアルな話だった。

最近、少し「老い」について考えることが多い。自分の体も全盛期よりは老いてきているし、親や親戚の老いも当然ながら進んでいる。「廃用身」という作品を知って、原作著者の久坂部氏の書いた老いに関する本も読んだりして、体に起こる変化や出来ることと出来ないこと、老いた人にどう接していくべきかということも学んでいた矢先だったので、この作品で描かれる老いだったり、罪や恥の意識についてもいつもより解像度高く読めた気がする。後書きで新井氏が書いている通り、美男美女が出てこないのがすごくリアルで、登場人物たちはどこか絶妙にダサかったり、疲れが出ていたり、無様に嗚咽したり、衰えた体があったり、生活感が濃厚で人間臭い。

会話劇なのだが、みんな言い淀んだり、噛んだりするの描写も丁寧で、大小のコマをドラマチックに使ったり、派手なカメラワークに頼らない。多分、原作の小説で描写されてるんだろうけど、意味があるのかないのかよくわからない背景が映り込んだり、滑らかなコマ運びじゃないので、マンガなんだけどドキュメンタリー映画とかダルデンヌ監督の作品を見ているような感覚になる。自分がその場に居合わせてしまったような居心地の悪さを感じて、めちゃくちゃ良かった。

「エコール・ド・プラトーン」を読む。

目黒図書館にいっぱいマンガがある!ということを知ったので、ロードバイクのトレーニング兼ねてカード作りに行ってきた。その時に知って借りた一冊。ちょうど100年前くらいの1920年代、エコール・ド・パリと同じ時代の日本のプラトン社という出版社を舞台に、当時の文壇にいた今は文豪と呼ばれる人々の交流を描いた作品。

爽やかな読み応えで楽しめた。類似作としては谷口ジローの「坊ちゃんの時代」に近い。違いとしては、作家たちが関東大震災という大きな災害で創作や生活に影響を背景にしていることや、主人公が駆け出しの編集者ということで当時の雑誌社のお仕事マンガにもなっているということだろうか。演出面でも、見開きのコマとか大きく印象的なコマ割りが多くてケレン味もある。個人的には岡本太郎の母・岡本かの子のエピソードとか厭世的になってる芥川龍之介のエピソードがよかったな。

timit.hatenablog.com

 

「炭焼物語」を読む。

すごい地味だが、すごく良い。昭和32年の和歌山の山に暮らす青年が炭焼する様子を一人称のナレーションで淡々と描いていくもの。現代ではあるものの今の自分の生活とはかけ離れていて、静かな山、森林、川の中で仕事と衣食住が完結しているという。それでいて決して説教くさい自然賛美とか労働賛美でもなく、父がやっていた仕事を覚えてそのまま引き継いでるといういい意味での肩の抜けていて読みやすい。

絵は非常にうまくて、癖のない水木しげるとか癖のない矢口高雄みたいな感じ。炭焼きの様子は本当にドキュメンタリー映像を主人公の肩越しに見ているようで、炭焼する窯の温度感とか火花の様子がすごく生々しい。それでいてちょっと夜の闇から連想される妖怪みたいなエピソードがあったり、仲間と一緒に猟に出て猪を捉えて捌くようなエピソードだったり、炭焼という仕事をめぐる社会的な変化や職人たちの関係性についてのエピソードだったり、どれも味わい深くて良い。アクションシーンも恋愛要素も主人公の成長要素もほぼない、硬派で超面白い職業マンガ。

「虹色のトロツキー」をまとめ読む。

安彦氏のマンガ、すごく上手いんだけどあまり印象に残らない作品が多めなイメージだったが、これは久しぶりにヒットした。前回読んでいたアレクサンドロスのような単純な伝記モノと違って、近代の満州国(特に建国大学)を舞台にしていることもあって、日本・中国・モンゴル・ロシア・アメリカといった諸国の歴史上の人物や出来事を上手い具合に配置して、「あり得たかもしれない」創作話としてとても良く練られていて面白かった。文庫本で読んだが、各巻ごとに本格的な歴史家がきちんと分析・批評していてそれを読むのも学習になる。今の自分の感覚だと石原莞爾や辻政信の帝国主義ムーブは受け入れづらいけど、私利私欲ではなく、どこの国と手を組み生き残るかを大真面目に考えて戦っていたことは確かなんだなと。

timit.hatenablog.com

絵はもちろん安定しているし、コマ割りや構図、書き文字なんかもスッキリして読みやすい。キャラはどうしてもヒーロー顔、ヒロイン顔だなぁという感じもするが、実在の人物たちは写真と見比べてもうまく特徴を捉えていて良い。特に李香蘭は(出てくる必然性があるかというと微妙かもしれないが)良かった。

主人公のウムボルトも決して現代的な多様性を重視しすぎず、ガチガチの自民族主義的でもなく、自分のアイデンティティに悩み、何のために戦い、誰を守りたいと思うのかを悩み、色々な立場の人と共闘したり離れたりするのがリアルで良い。時代は違うけど、少し「大地の子」を思い出すようなキャラだった。ラストも切ないけど、現代との接続を垣間見せて良い締め方だったと思う。

「ルワンダ 逃亡した虐殺者を追って」を読む。

おお、花伝社からまた新しいバンドデシネが出たんだと思って気軽に読んでみたが、ズーンと気分が落ち込む重い、やるせない本だった。ルワンダで起きた大虐殺の現場にいた被害者や証人たちから丁寧に話を聞き、裁判を起こす活動が仕事になってしまった悲しい夫婦の様子をまとめたもの。

現代の日本に生活していて、絶対的に許されない理不尽な殺人などの重い犯罪が起きたして、アウトロー同士の犯罪を除けば調査も裁判もされないということはまずないだろう。ある意味自然災害のような理不尽さで遂行される暴力の重さが本書から痛いほど伝わる。決して漫画的なデフォルメをせずに一人一人の顔を丁寧に描かれていて、加害者も被害者も人間であるということが実感させられる。亡くなった人の声を届け続ける人生なんて想像もできないが、自分が同じような立場に置かれた時にせざるを得ないという気になるかと考えてしまった。

「三角兄弟」を読む。

図書館でたまたま見かけて手に取って、SF日常っぽい感じでなんとなく面白そう、と思って借りたけど想像よりめっちゃ良かった。ハードで説明的なねちっこいSF描写はないけど、恋愛要素とかスペースオペラ的な盛り上がるストーリーにせずに、すっきりした可愛らしい絵柄でただ生活するということでガッツリ壮大なSFをやっていてすごい。というか、すっきりした可愛らしいキャラたちだからこそ、発せれるとてつもなく重いセリフとか、価値観のズレとかが際立つ。

文句なく傑作だと思うが、こんな面白いマンガを全く自分が知らなかったことに驚いた。上下巻で読めるのですごくコンパクトで映像化もしやすそうだし、個人的には「我らコンタクティ」に次ぐSF短編超傑作。

「独りで死ぬのはイヤだ」を読む。

著者とは状況違うことも多いけど、共感できることが多くて面白くもあり、怖くもあり、悲しくもある。独りでもそこそこ楽しい生活。幸い健康な体があって、長く楽しめる趣味があって、仕事があって、少ないながら友人もいる。独りの良さは十分知ってるけど、独りで死ぬのはイヤだという気持ちはすごく分かる。婚活がうまくいかない辛さも分かるし、うまく行けそうかもと思ったらダメだったことも実際経験がある。

個人的に知らなかったのが街コンの描写。結構同性同士で辛い状況を分かち合い、連帯することもあるんだなと。マッチングアプリだと、「他の異性との比較」が出来ないのはネックだよなと思ってたけどこんなメリットもあるんだな。