midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

 「折れた矢」を観る。

折れた矢(字幕版)

折れた矢(字幕版)

  • メディア: Prime Video
 

 良くわからんけど、クラシックな映画を立て続けに観ている。今まであまり積極的に観てこなかった西部劇映画にもこの機会だし観てみたいなと思って観てみた。「折れた矢」は1950年の公開当時「新しい西部劇」と評価された、インディアン視点で西部開拓時代の入植者とアメリカ人の和平を描いた物語という触れ込みで興味を持って観てみたのだが、当時は画期的だったのかもしれないが今観ると十分白人視点だなぁと思ってしまった。

とりあえず冒頭に「インディアンが英語を話すこと以外は真実である」という前置きがあるが、やはりそれを差し引いてもアパッチ族のコチーズ曹長が英語で部族会議をしてる姿とか相当違和感がある。学生時代に社会学を学び、真木悠介「気流の鳴る音」とかを通った人間として敵の言葉を使って自分達の未来を決めるってねぇ…。アパッチ語に字幕を当てる形だと興行的に失敗すると踏んだんだろうか?それに、コチーズ曹長や妻となるソンシアレイなど主要なアパッチ族を演じているのが白人だというのも違和感。映画内のほとんどのアパッチ族は実際の種族は別としてネイティブ・アメリカン風の風貌の俳優が演じてるわけだから、彼らが主要キャラを演じる方が無理に白人の俳優たちの肌を浅黒く塗ってアパッチ族を演じるよりも自然だと思うのだが、やはりこれも興行的な判断なんだろうか。

ただ、コチーズ曹長も主人公トムもお互いに実利的で無駄な殺生を好まず、現実的に共生するための道を模索していくという大筋の物語は個人的にも共感した。公民権運動が高まっていく前夜くらいの時期の作品になると思うが、こういった物語が受容される世論があってこその運動だったのだなというのは感じた。実直で社会を理で変えられると信じるトムに対して、老獪なコチーズが「口で平和というのはたやすいが実現するのが大変だ」と諫めるセリフは非常に含蓄があって良かった。