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webエンジニアのメモ

「陽水の快楽」を読む。

陽水の快楽―井上陽水論 (ちくま文庫)

陽水の快楽―井上陽水論 (ちくま文庫)

大学時代に井上陽水を好きでよく聞いていた友達がいて、彼に教えてもらい「ホテルはリバーサイド」や「夢の中へ」などメジャーな曲以外について知る契機となった。その時に感じた感触は、変な言語感覚を持つ人なんだなぁ、というものだった。洗練されないというか、なぜこの場面を切り取って歌にしようと思うのだろう(「御免」という曲など)、なぜこの言葉をこの言い回しで歌うのだろう、というような。本書で著者の陽水の音楽の受容の仕方を読んで、その時の感覚に少し明瞭な回答が得られたように思える。

「いくぶん過剰とも思える程のロマンティックあるいはセンチメンタルな抒情が、〈物語〉的定形におさまらずに、一種の抽象度を持った、響きそれ自体としてのロマンティシズムに化身しようとする点」に陽水の音楽に固有性を見る著者の感覚は、自分が音楽に求める「快楽」ととても近いものだと感じた。

「物語」に回収されない、「現実社会の内側で飼い慣らす」ことのない世界体験。本書では、松任谷(荒井)由実を「「物語」を支配し、自在に欲望の世界を変容させる術を知っている」作家として取り上げており、それも全く同意するし、その洗練された世界観を楽しむ回路を自分も持っていると思うが、狂気の向こう側を見るような、特に反復するリズムや、ローファイな音の感触など暴力的で呪術的なダンスミュージックの重力に引き込まれていた自分としては、とても示唆的な一文であった。

「普段慣れ親しんでいた日常が一瞬ほころびて、その裂け目から向こう側に隠れていた世界があらわになった」著者の陽水経験はとても共感できる。単純だが、今後もっと陽水の音楽を自分でも触れてみたいと思う。