midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

 「フリーソロ」を観る。

フリーソロ (字幕版)

フリーソロ (字幕版)

  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Prime Video
 

 監督はあの「MERUメルー」で衝撃を受けたジミー・チン。アレックス・オノルドというクライマーによる、アメリカはヨセミテ国立公園にある花崗岩エル・キャピタンへのフリーソロ・クライミングでの挑戦の様子がまとめられている。

timit.hatenablog.com本作もストイックでとても良かった。高さ1キロほどの岩をロープなしで登るという、99,99%の人間が死ぬであろう行為の残り0,01%の生き残るための一つ一つの行為の精度を最大限に高めて登っている感じ。アレックスが自分のことを侍に例えているのが印象的だった。彼女とリラックスしながらクライミングしている時に滑落して足を怪我してしまい数か月クライミングが出来なくなり、ひさしぶりにクライミングシューズを履いた時に「侍が大切にしている刀に触れる感じだ」みたいに言っていて。彼自身、自分のシューズの形や重さに人類最高レベルの感覚で馴染んでおり、文字通り自分の命を懸ける相棒でもあるのだろう。一センチもない突起(というかただの岩のカーブ)に手足を賭けて登っていく様は本当に圧巻である。幼い頃はシャイな性格で皆の前で話すなんて出来なかった、と講演で語っているが、めちゃくちゃ納得できる。内向的な性格と自分の興味のある対象に対する果てしない探求心を併せ持った天才という感じ。絶対にチームスポーツでは大成出来ないだろう。

食事は自分のバンの中で自炊して摂り、トレーニングのバンのドアの付け根に設置したクライミング用に指を立てて使う懸垂機(?)のようなものでトレーニングするストイッくぶりで、研ぎ澄まされた感覚を持つアーティストのようでもある。彼女さん(めっちゃ美人)は彼のクライミングに関する講演に参加して知りあったくらいだから一般人に比べれば遥かにクライミングの素養はあるのだが、その彼女ですら「日々を楽しく生きたい」という価値感を彼に受け入れてもらえない。終始ギクシャクしているので観ていて胃が痛くなるくらいなのだ。彼女はとにかくアレックスを大切に思っており、ほぼ自殺としか言いようがない挑戦することを止めたりはしないが、とにかく生きて却ってほしいと願っている。カップルが一緒に住み始めて家具を選んで一緒にコーヒーを飲む、そんな生活感溢れる場面も収められているのだが、アレックスはクライミングや「誰もやったことのないことに挑戦する」ことしか頭になく気もそぞろ、という感じなのだ。二人の気持ちがどちらも共感できるのでなかなか応える。

本作では「撮影される」ということにもとても意識した作りとなっており、監督のジミーは常にアレックスが意識することのない撮り方でかつその挑戦をつぶさに撮ろうとする。一度カメラの存在が気になって挑戦を断念した際には「撮影を辞めるか?」とアレックスに確認したほどだ。思考のリソース100%を登ることの計算に使いたいのに、撮られていることを意識するとその内数%を余計な思考に奪われてしまうかもしれない。その数%によってクライミング中の選択の一手を誤り死ぬかもしれない。アレックスは精神を集中すれば「スタジアムの歓声があっても登れるはず」のようなことを口にするが、並大抵のことではないだろう。挑戦の前にも著名で交流もある別のクライマーが滑落死したニュースなどを目にする。それでも登る、登っている姿を残すという自分に課したハードルのようなものが凄い。

本作が最終的に上映されているという事実から観客は挑戦が成功しているという前提に立って観ることが出来るが、それを差し引いても後半の淡々と登る姿を映す映像は超絶緊張する。中には手を軸に足を振って次の岩に飛び移る様なルートもあり、マジで玉ヒュンものだ。挑戦前のアレックスとジミーが「また地面で会おう」といって握手する姿がかっこよかった。