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「MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門」を読む。

MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門

MCバトル史から読み解く 日本語ラップ入門

 

 著者であるDARTHREIDERの個人史としても読める、タイトル通りMCバトルから読み解く日本語ラップの歴史もの。2000年初頭から現在に至るまで、主要な日本のMCバトルのプレイヤーとしても運営としても関わってきた中で、日本語ラップシーンの広がり方とか問題点とか色んなレベルで雑多に語っている。フリースタイルダンジョンとかで日本語ラップに興味を持った人とかでも過去を知るとっかかりになりそうな良書。

個人的には、初期の高校生ラップ選手権を観ていた位であまりMCバトル自体に興味はない。どちらかというと音源主義というか、ラップに置いては瞬発力よりも練りこんだ世界観だったり印象的なフレーズ・言葉回しの方が面白がれるタチなので、本書で紹介されるラッパーも知らない人が結構いた。そして、著者自身もそれを危惧していて、大きな大会で優勝したラッパーが自作の音源を出さなかったり、ライブをすることがないということが起きていたのだという。勿論ラッパー個人の価値観なので、バトルにしか興味がないという人がいても全然いいとは思うが、結果として近年ラッパーが単なる競技者になってしまっている事態が起きているのだという。鎖グループの漢や般若など、リアルに思っている言葉しかラップで使わないラッパーに対し、バトル中(競技中)のみ相手に対して「殺す」とか「刺す」みたいな強い言葉をぶつけるけど競技以外の時間は礼儀正しく、対戦相手に敬語で接するようなラッパーが増えていたと。一昔前に「スタジオ・ギャングスタ」という音源だけはギャング気取りで私生活は普通、みたいなラッパーが叩かれていたりしたが、それに通じるものだろう。ラップの言葉は生活と地続きでないとなんとなくワック野郎に見えてしまうものだ。競技者というラッパーを多分カッコいいとは思えない。

とは言え人は変わるもので、最初はそんな感じのラッパーもヒップホップ村で生活してる内にリアル志向のラッパーになった例があったりと、紆余曲折あるのも面白い。売れてからセルアウトする人もいるし、ヒップホップ文化に深く根付いていた大麻をバッシングしたラッパーとしてDOTAMAがめちゃくちゃ叩かれたりと、近年もそういうヒップホップ・ゴシップ的に消費するのはリスナーとしても楽しんではいる。

あと、バトルで使う相手を叩くための題材が劣化してる問題も取り上げていて気になった。ネット上の誹謗中傷と変わらんような、又聞きのいい加減な情報を基に著者自身もディスられたことがあったらしい。弁明するために無駄なバースを使うのももったいないし、こういうバトルでのディスのあり方も知らなかったけど問題だとは思う。他にも、地方のMCバトルだとネットラッパー達は文脈を共有できていない分オーディエンスの支持を得るのが非常に不利で地元の繋がりのあるベテランラッパーが有利になるみたいな問題だったり。「みんなちがってみんないい」のだが、自分が気になるラッパーが活躍できる環境をリスナーとしても整えていかなきゃなぁとも感じたりした。