midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

 「J dilla's donuts」を読む。

J・ディラと《ドーナツ》のビート革命

J・ディラと《ドーナツ》のビート革命

 

 jillaは、自分のような世代でブラックミュージックにはまった人間にとって色んな意味で試金石となっている人物であり、彼の創作した音楽は彼の亡き今でも色んなシーンに息づいている。2006年、尊敬する先輩が彼の死に涙していたことを(かすかに)覚えているし、その後も彼の遺伝子が残る音楽を沢山摂取している。読んだ今、彼の音楽が「他のアーティストとあからさまに違って素晴らしい」とは正直に言って思っていない。ここ10年、彼の作品の中で大好きな曲はあっても、希代のビートメイカーという評価はそれほど甘んじて受け入れてなかった。年代別に並べて観ると、後期の曲は確かに歪んでイルな雰囲気を存分に感じられるのだが、「常に変化し続けた」という彼の仕事ぶりを観ると、結果的に彼の最後の仕事となった「donutus」がピッチの変化や展開の妙によってそれまでビートメイクと比べて革新性はあっても、世界的な新発見のように扱うのはいかがかな、と思ってしまうのだ。正直、探せば彼のようなアーティストは他にもいたのではないか?と思ったりもする。

「donuts」の円環的なビートに、人生で何度目かの耳を傾けて、死の間際のdillaの高密度な音のコラージュに退屈することはない。確かに攻撃的な曲と内省的で荘厳な曲の織りなす構成は人生のメタファーのようでもあるし、世間的にあまりにも高い評価に引きづられ、頭でこねくり回して考え過ぎたあげくのつまらない結論になってしまっているようにも感じる。好きか嫌いかと言えば明らかに好きなのだが、世間的に言われる程の革新性は感じないし、解釈がいくらでも出来る抽象的な言葉の挿入も多い。こういった音自体ではなく、社会での受容の仕方も含めての作品なのだ、というようなコンセプチュアルなものを望んで作ったわけでもないだろうし、正直に言って地味なのだ。2、3分のビートの羅列をどれほど愛することが出来るか。まだ自分にリズムに対する経験値が足りないだけなのか。