midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

「マウス」を読む。

アート・スピーゲルマンによる、アメコミ自体を代表すると言っても良い本作。ユダヤ人の両親の元に生まれ、NYのRego Parkで生活する著者が「アウシュビッツを生き延びた人間」に焦点を起きつつ、「父子の物語」「アメリカ」を描き出す骨太の作品となっている。

本書を読んでいて面白かったのは、「アウシュビッツを生き抜いた父親」に対してなかなか「同情しづらい」という点だ。人間としての尊厳を失い、番号を腕に刺青されたポーランドユダヤ人が、なんとか生き抜いてアメリカに移住して家族を支えたという父の属性だけを知ると無条件に尊敬し称えたくもなる。だが、現実はそうはいかない。本書で著者が炙り出すのは、そういう称えるべき父親が「基本的には優しいのだがケチで頑固でとても付き合いづらいユダヤ人」であるということである。

彼は再婚した妻を初めとして、著者自身である息子やその嫁を初めとして家族から基本的に「めんどくせえジジイ」という扱いを受けている。彼が生活するNYで日常的に通うスーパーでも、食べかけのシリアルを返品してくるような彼のことのクレーマー気質のうざいジジイと思っている。この辺りはリアルで凄く応えた。

アウシュビッツでの描写は勿論ショッキングなのだが、個人的にもっとショックを受けたのが本書の現代パートでの出来事だった。80年代年、息子夫婦とドライブ中に黒人のヒッチハイカーをピックした息子夫婦に対して、父が激しい黒人侮蔑の言葉を喚き散らした場面だ。ヒッチハイカーは決して無礼な人間ではなくフレンドリーな雰囲気だが、父親はかつて自分がナチに判断されたのと同様に、理不尽な尺度で黒人男性を侮辱・断罪している。しかも、当の黒人本人に対して反対するならまだしも、彼は得意な英語を使わずわざわざユダヤ系の家族にしか通じないイディオッシュ語で黒人を馬鹿にしている辺りも陰湿だ。

子供の時のDV被害者が、いざ家族を持つとDV加害者になってしまうみたいな話は割とあると思うけど、人との接し方や付き合い方は理性で制御しづらい、人間の業みたいに感じる。