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田中秀臣「不謹慎な経済学」を読む。

不謹慎な経済学 (講談社BIZ)

不謹慎な経済学 (講談社BIZ)

SFとかサブカルに詳しいリフレ派経済学者ということで、山形浩生みたいな人なんかな?と思って読んでみた。実際山形浩生とは一緒にイベントやってたりして仲いいっぽい。本書を読んでみての感触も、柔らかい語り口で時事的な題材を切り口に経済を語るところは似てるなーと思った。「不謹慎な」の冠通り、道徳的な人間はこう行動するかもしれないが、実はそれって間違ってたり損してるんじゃない?という問いかけを短い章に分けて論じていく。納得できる章もあったし、よく飲み込めなかった章もあったけど総じて面白かった。

「はじめに」では自爆テロについて述べているのだが、アメリカがイラクに対して行った「戦争でテロ国家を敗北させた後、その国民にきちんと民主的な教育を施せばテロがなくなる」という考えがいかに当てはまらないかを指摘する。肌感覚でも思っていたけど、実際のデータを用いて論じられると納得感がある。テロ志願者ってそもそも高等教育を受けた経済的に裕福な人間も多いから、金と教育で解決してやるなんて思い上がりもいいところで、テロリストになるかどうかは国家や組織へのコミットメントの強さに依拠してるんだから、もしそれが抑圧的な環境によって生じたコミットメントだとしたら、テロリストと地道に対話して解決策を探っていこうじゃないか、というもの。

あと、「人間関係が希薄化したのは、みんなが望んだからだ」というのもほんとにそう思う。「日本社会はすでに、互助組織のようなものに全面的に頼らなくてはいけない社会ではなくなっているのだから、人間関係も変化したのだ」という主張は強い。

あと、男女の愛について経済学的に述べる章では、「効率性(費用と便益の比較)を基準にして、現在の日本の結婚制度があまりにも長期的な婚姻関係を前提にしており、むしり離婚の前提(破綻主義)や競合する愛(不倫など)との「市場」的調整も考慮に入れるべきだとした」という中条潮の議論や森永卓郎の「日本の婚姻制度は『愛の終身雇用制』を採用しており、それは日本型雇用システムの特徴である終身雇用や年功序列制と制度補完的な関係にある」という議論を紹介し、それと反対にパスカルの「費用と便益を合理的に計算する人間には人を愛することが出来ない」という言葉を紹介しているのも面白い。個人的にはどちらも共感はできるし、選択の多様性を許容するという点で経済学の教え様々な愛の形があったほうがいいという著者の主張に納得。

また、「社会保障はテロリストのおかげで生まれた」なんていう章も面白い。プロイセンビスマルク「アメとムチ」政策は、凶暴になっていく労働争議を鎮圧するために社会保障を導入したという歴史を振り返り、弱者を淘汰することが自然な資本主義経済の中で、いかに弱者の生存権を位置づけ、また社会の中に仕組みとして構築できるかを思考した福田徳三の理論は、大学時代の自分の研究を思い起こして興味深い。続く章ではニートや派遣について取り上げており、また森永卓郎の「労働者派遣法は、労働者の働く選択の自由を拡大するどころか、生き方の制約になってしまっている」という指摘を取り上げ、廃止された同法が安倍政権の元でまた復活の兆しを見せているこの状況で読むとまた重い。その後の議論も、結局ニートや派遣支援の組織や公共法人を作っても、官僚の利権確保にしかなっていないという指摘は自分の調査でも感じたところではある。俺がインタビューした東京しごとセンターはまだ残っているけど、あそこもカウンセリングの専門でもない、他の企業から天下ってきたおっさんに面接させられたしなぁ。勿論このような機関を使って就職し、人生に道が開けた人もいるだろうから評価しずらいけど、やはり行政主導のハコモノ事業は採算性をきちんと監視しなければいけないんだろうな。

それに関連するが、今安倍政権にて構想中のボランティア義務化政策についても論じている。こんな無償労働を強制したところでどう考えてもうまくいかないと思うが、この政策がいかにダメかを語り下ろすのは痛快だ。「ボランティア利権」が生まれ、またボランティアによって失われる機会費用の膨大さを取り上げる。

他にもためになる章はあったけどこの辺りが特に面白かったかな。本書を読んで、ミルトン・フリードマンの著書は読んでみたいと思った。