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webエンジニアのメモ

「高校球児 ザワさん」を読む。

高校球児ザワさん 12 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

高校球児ザワさん 12 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

連載中から好きだったけど結末や冒頭を知らなかったので、一度通して読んでみたいと思ってた。もう感動が収まらない。高校時代の、あの近視眼的な、ある種異常な閉鎖的な世界の危うい感覚が一コマ一コマ、ザワさんを始めとするキャラの表情の一つ一つからシンクロしてきて、ホントにページを繰る手が止まらなかった。傑作。

物語は非常に淡白だ。甲子園常連の強豪野球部を要する高校にただひとりだけいる女子部員、ザワさんとその周辺の野球部員の高校生活を入学から卒業まで描いた物語。その間、野球部は確かに甲子園に行くし、ザワさんのラブストーリーも(うっすらと)あったりするが、決してあだち充の「H2」のようにならない。いや、「H2」も面白いけど、本作はさらに物語性が薄くて、ある意味「高校生活」の風景が主役だったりする。ザワさんはなかなか美人で周りの部員たちも異性として意識せざるを得ない魅力的な女子であり、野球が大好きで高校生活のほとんどを野球に費やす女子だが、彼女は一度も公式戦には出れないし、高野連の制度が変わるわけでもないし、部員たちだってものすごい魔球や超人離れした能力で勝ち上がっていく物語ではない。あくまでも、懸命に練習してる場面、部活帰りにファミレスに行って飯食ったりする場面、朝早くから眠い中電車に乗って通学する場面、授業をほとんど聞かずに突っ伏して寝てる場面、その他もろもろ日本で高校生活を送った人間ならほとんど見た光景がマンガの中に広がっていて、タイムスリップしたかのような感覚に陥るのだ。特に秀逸な描写として、ザワさんが何かの事情で練習に出ない日の放課後、軽音部が何かダラダラ演奏してる教室があり、文化祭の準備で看板か何かを作ってる数人がいて、野球部のカキーンという音が響いてきて…という描写を一コマずつ並べていくところ。その光景、音、匂い、温度、全て伝わってくる感じがした。ザワさんのような部活一直線とは程遠い高校生活を送ったけど、間違いなくザワさんが体験した空気を自分も吸ってきたのだ。コマに切り取られていないだけで、間違いなく自分もその世界と地続きのところに「かつて」いた。自分の高校生活はバラ色ではなかったし、友達も少なかったけど、バイトも部活もやってたからザワさんよりは多くの人との関連の中で生きていたとは思う。それでも、ザワさんみたいな人って多分身近にいたと思うし、作者のインタビューによる「ザワさんは、そういえば高校の頃にこんな子がいたなーというのを思い出す感じで描いてる」というコメントによる通りの距離感で読者も読むことができる。恐らく、世代は違っても「高校生(だったことがある)」ならかなりの部分でシンクロできるのではないだろうか。

ザワさんはあまり多くを語らないし、先々のことまで綿密に計画を立てて高校生活を送っていたわけではない。進路を考えなきゃ、という周囲の空気に合わせて進路を考え出し、自分なりに野球と付き合う選択肢を勝ち取ろうと予備校に通ったり受験勉強を始めたりと、全くその辺の高校生と変わらない。ただただ野球が好きで、そのあどけなさがかえって周囲をハラハラさせてしまう位の子で、そういうところがたまらなく愛おしい。半下着のような格好で人前に出てしまったり、「利きプロテイン入りジュース」をやってる時に笑ってしまって目隠ししたまま白濁した液体を吐いてしまったり(これは笑った)、ハムストリングの膨らみを他の部員たちに自慢してきたり。そんなザワさんを他の部員はじめ、教師、一緒の通勤電車に乗ってる人、同じ部に所属するエースの兄、同じクラスの女子など様々な人の視点から描き出す。その圧倒的なリアリティがこの作品の主役だと思う。