「塩素の味」というバンドデスネを読む。
- 作者: バスティアン・ヴィヴェス,原正人
- 出版社/メーカー: 小学館集英社プロダクション
- 発売日: 2013/07/24
- メディア: 単行本
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これは面白かった!全然予想外の面白さで、期待を裏切られたという意味でも良かった。収録された2作品「塩素の味」も「僕の目の中で」も、ひこととでまとめると、奥手な男子が素敵な女の子と出会って恋をして、最終的にはうまくいかない、もしくは分かれるというお話。イメージ的には「500日のサマー」とか「人のセックスを笑うな」に近いかもしれない。これまで読んできたバンドデシネとはかなり毛色が違ってて、多分日本の漫画にしたしんできた人ならなじみやすいと思う。作者のバスティアン・ヴィヴェスという人はまだ30歳手前で若く、新世代とか言われてるそうだ。バンドデシネって、一概に語れる程読み込んでるわけでもないけど、俺が読んできた数冊に関しては、緻密な絵画的な絵と、SFやミステリーやヒューマンドラマといった基本シリアスで重い話が多かった。でも、この作品に関して言えば、絵はうまいんだけど、それは緻密で写実的という意味ではなく、お話に求められる雰囲気をきちんと絵で表現できているという意味で素晴らしく(特に「塩素の味」での水の中での表現は秀逸)、またお話自体もどこにでもありそうなすごくありきたりな日常を描いていて、新鮮な感触があった。
両作品とも言えるんだけど、描かれる女性がすごく魅力的だということ。なんというか、初めて出会って、恋をしてるなんて自覚もなく、「あ、この娘素敵だな」という印象があって、それで自然と姿を目でおってしまっていて、気がついたらその娘の一挙手一投足が愛おしく見えてくるという、恋が芽生える場面が的確にマンガで表現されていること。少女漫画的な重層的なナレーションもなく、饒舌なセリフもなく、恋自体もものすごく浮き沈みがあるわけでもない。でも、好きになった人と一緒に過ごし、笑い合い、ふと通じ合えたかなと思ったら、やっぱり主人公の触れられる範囲からするりと抜けていってしまう、という誰しも経験したことあるような恋愛が生々しく描かれていて、共感するポイントがすごく多いんじゃないかと思う。
「塩素の味」では、脊椎側湾症という病気のため水泳を始める主人公が、プールで素敵な娘と出会うんだけど、その娘に病気のことを話しても、「じゃひと泳ぎしてくるね」とさらっと流されてしまう一幕とか、一緒に泳ぎに来た男友達のことばっかり気にされるとか、じれったい思いがすごく伝わって身につまされるのだ。
「僕の目の中で」は、女の子をずっと一人称の視点で追っている作品なのだが、一緒に図書館で勉強したり、その終わりに食事に行ってお互いの頼んだものをシェアしてみたり、動物園に行って対して興味のない動物を観たり、映画に行ってもやっぱり視線はずっと女の子を向いていて、その仕草の一つ一つがすごく愛おしくて、読んでいる人も恋に落ちそうなほどキャラクターが生きているのだ。マフラーを脱いでコートを脱いで髪をまとめる、とか、クラブに踊りに行って踊っている姿だったり。そして、恋が終わっていくなと予感させるような描写もすごくうまいんだよね。喧嘩したりするわけでもなく、一緒にいる時になぜか彼女が元気なくて、急に泣き出しちゃったりしたりして、だんだん笑顔でいられる時間が減っていく。それが絵としても徐々に覚めていくような青い色調で表現されていてすごくうまい。どちらの作品も、なぜ彼女が離れていったのかがはっきりと描かれないのもいい。理由が一つに絞れられるほど世界は単純にできていないし、それを相手が直接相手が教えてくれる例なんてそれほど多くもないと思うし、それがかえってリアルなのだ。とにかく、今年入って一番面白いマンガ!