今日は久々に朝まで生テレビをラストまでなんとなく見てた。
あんま真剣に見たことないけど、田原総一郎ってホントうざいってのがすごく分かった。
小林よしのりとかはあの番組の方針が嫌で出演をやめてるみたいだけど、あの人本当に仕切る気ないというか、自分が話したいことは間髪入れずに差し込んでいく傍若無人振りがかなり驚きだった。あれは出たくなくなるわ。
何であの人にまかせてるんだろう?田母神論文についての認識はそれほど深まんなかった気がする。いつもの憲法9条とかに関する議論をやり直してるだけで生産的な議論(こんなんあるのか疑問だけど)が出来てないんじゃねーのと思った。でも、歴史とか良くわかんないアホな俺が見てて「共感」出来そうと思ったのはどっちかというと保守系の論客たちの言い分だった。なんと言うか、正当な手続き(これも疑問かもしれんが、史料などに対する手続きの厳密さという点)を踏んで歴史を解釈し(まぁ、どの史料に拠るかってのは結局恣意的なわけだけど)てそーだな、と思った。単純に辻本さんとかの雰囲気がやだってのもあるけど。まあでも日本という国の現状の、既存のシステムにそんなに魅力を感じてるわけでもないから保守系の部分でも感情的に入れ込みはしないけどね。
- 作者: 青木雄二
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なんとなくタイトルからヴィム・ヴェンダースを想像し読んでみる。いや、面白い。
ものすごい共産主義思想のプロパガンダっぽいかもしんないけど、青木雄二という人はきちんと自分の作品の社会に対する影響力を考えて描いてるんじゃないかと思う。
ま、でもそんな説教臭くもない。描かれてるのは人、それも弱い人だ。相変わらず弱い人に弱い。
あてどなく働いては失業保険で食う主人公を描いた冒頭の「邂逅」という作品とかすっごく共感できてしまう。あの、分かったふりして社会を斜めから眺めて生きてますみたいな態度は改めたいけど結構俺もあるんだろうしなぁ。ドストエフスキー読んで人生や社会に対する思索を深めるのもいいけど、きちんと「社会に関われ!」としりを叩いてくれるような外圧が欲しいなぁ。これも怠惰な態度かもしれないけど…