midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

虐殺器官」を読む。

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

気にはなってたけど読めてなかった伊藤計劃。かなり面白かった。各地でテロが蔓延し、第二次世界大戦以降の核兵器の使用も経験した近未来の地球を舞台に、行った先々で必ずその地域に大量殺戮を引き起こすという男を、アメリカの特殊部隊の大尉が追うというお話。すべての人間の行動がデータ化され追跡可能な管理社会と自由の問題。主人公の母の死を通して、脳の機能の解析が進み、単に「脳死」と白黒つけられる現在の技術を脱してさらに「どこまで意識があるか」について踏み込んで描かれる脳の問題。「光学迷彩」や「感情や痛みの感覚などを調整したサイボーグ兵士」みたいな軍事技術のディテールの深さ。そして本筋である、様々なサブリミナルなメッセージや言語によって人間がもともと器官として備えている「虐殺」を意図的に鼓舞することが出来る言語学者である敵と主人公との戦いなど、複合的なSF要素を高いレベルで違和感なく語りつくしている完成度の方さもあって非常に高質のエンターテイメントに仕上がっていると思う。

特に著者は軍事に詳しいらしく、PR会社や戦争業務を代行する軍事産業と、発注する政府との関係みたいなマクロな話から、対テロ組織向けの要人暗殺や捕獲作戦における隊の編成の仕方や武器の取り扱い、格闘術や果てはレーション(兵糧)の豆知識みたいなミクロな話までSF的な要素を抜きにしても緻密に描かれており、初めて知る世界を知る感じで面白かった。

ちょっと残念に思った点を強いて挙げると、語りが主人公の一人称であること。軍事作戦の手に汗握るようなアクションシーンも全て主人公の視点で語られるので、緊迫した場面なのに何か饒舌すぎるなーと感じることがあった。いや、これだけの才能が早世してしまったのは今更ながら惜しい。