midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

Ipod

を買ってちょっといじり始めた。きちんと音楽を整理する作業って楽しいな。

あんま聞いてなかった新たな音楽と出会ったり。それにしても俺ってほんとに音楽の聴き方がなってないと思う。

常にながら聞きで、ほとんど無感動になってしまっている。

そして聞きやすく配慮された去勢されたポップさに飛びついてしまう。

何か常にそのせめぎあいの中を三年間くらい生きてきた気がする。

決して嘘ではないのだが、ぶっちゃけるとそんなに好きじゃないんじゃないか、という思い。

知識量や何より熱意で勝てない場面に何度も出くわし、自分の薄っぺらさをいやというほど見せ付けられた。

もっと音楽に真摯になりたい。

雑音のない環境で音楽に溶け込みたい。

Ipodはそれが出来る可能性を持ってるだろうか。少なくとも今までの聞き方とはまったく違う聴き方が出来る。

てことで音楽評も書いていこうと思う。書くことによって脳に定着するし。

自分がいつどんな音楽に触れていたか後で見返しても楽しいだろうしね。


んで、昨日は代官山の何とかっていう場所でイベントやった。すごく綺麗でオッシャレーなとこで、サークル員三人で

自己満DJしてた。んでも中々フレンドリーな雰囲気だったし、かっこいいとか言われたし悪くはないかも。

やっぱDJの一つの要素として人を楽しませるってのはある。

もっとドープなのもかけたかったが自重した。

その後はcとhのイベントに行く。途中で二郎喰って満足。

着いたときは結構疲れてたが面白かった。

hが結構黒っぽいセットでよかった。cはあんまディスコディスコさせず303的なアシッドからシカゴっぽいのやら何やらかけてて、疲れてたけど楽しかった。

客層もいい意味でも悪い意味でも洗練されず面白かった。

んで今日はほとんど何もせずぼーっとすごす。

一応見た映画がヤノーシュの一日、みたいな解剖医の映画。

すんごいグロいが、それよりもなぜ死体を見てグロさを感じるのかという身体観に興味がある。

排泄物は汚いという認識があるが、それはなぜか。死体って意識の抜けた排泄物なのだろうか。

ヤノーシュは趣味の料理で魚をさばくように淡々と仕事を薦めるが、何か重いものがある気がする。

人を愛せないのだとか。まあ愛だのってのはまやかしだとは思うが、言い換えれば人に愛着をもてないのだと思う。

人間だって死を内包しながら生きてるというか、一秒ずつ確実に老化し「死んでいる」状態であるだろう。

うーんまとまらんな。もうちょい考えてみたい。