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webエンジニアのメモ

 「美大デビュー」を読む。

美大デビュー

美大デビュー

 

 ここ最近、読む漫画から自分のキャリアを見つめ直す機会が多い。おこがましいかもしれないが、端的に言って自分の人生のアナザーストーリーを見ているような気になるのだ。本作もその一環で読んだのだが、きっかけは「西荻窪ランスルー」。

西荻窪ランスルー 1巻 (ゼノンコミックス)
 

 高校を卒業してアニメーターになった女性が紆余曲折ありながら成長し、作画監督になるまでを描いた、いわゆる職業ルポ的な短い作品なのだが、とても面白かった。普段アニメをほとんど観ず、アニメーターの世界に全く詳しくないものでも楽しめるようにアニメ制作会社の色んな立場のキャラたちの恋愛描写だったり成長描写がバランス良く描かれるのがとても良い。主人公も決して超絶才能に溢れた天才肌ではなく、年上の同期たちが一足先に「動画マンから原画マンに合格していく」姿をみて悩んだり(読む前はこういうキャリアアップがあることすら知らなかった)、アニメじゃなくてマンガで成功する同期が出てきたり、フリーランスになるのか会社に残るのかとか色んなアニメ業界の舞台裏が分かって楽しい。徹夜続きとか超低賃金とか業界が抱える課題も伝わるのだけど。打ち切りに近いようなちょっと唐突なラストが寂しい良作だ。

この作品を通じてアニメーターのyou tuberとかもいくつか見てみて、彼らのポートフォリオも見てワクワクしている自分がいることに気づく。高卒からでも大学卒業してからでもこの世界に入っている若者はもちろんいるのだが、ひょっとして望んで努力していれば「作品内のあの世界」に自分もいたのではないか?という感じがすごくあった。少なくとも、酪農を描いた「銀の匙」とかAV業界のインタビューマンガ「AV列伝」とか(どちらも大好きなマンガ)よりもはるかに地続き感がある。

そして、決定的に面白すぎて読んだ後に2周して読んだのが「最後の秘境 東京藝大」。

 作者は藝大生の奥さんを持つ小説家で、本作は一話完結で藝大の学生たちにインタビューしてその生態をルポする、というような内容なのだが、どの回も最高。

大きく学生は音楽系と美術系に分かれているそうで、それぞれ強烈なキャラがたくさん出てくるのだが、各話にそれぞれひとつは金言が散りばめらていて、「創作者(と、もどき)」をワクワクさせること受けあい。生きる事と創作することが分かち難く結びついており、創作することが時に嫌になりながらも、その道から外れることが出来ないという正しく業のような世界。今めちゃくちゃ勢いのあるking knuの井口理さんの声楽科時代のインタビューもあって、自分の体を楽器として響かせることが出来て、かつ言葉という意味を乗せることの出来るヴォーカルという技術の面白さに改めて気づかされたりする。彼はこの先、失礼ながらバンドが失敗して空中分解するようなことになってホームレスになったとしても、道端で歌うだけでも人を魅了することが出来るくらいの自分という楽器を持っているのだ。

全ての藝大生が本作で紹介されるような技巧や高度な集中力を持ち合わせているわけでは勿論ないだろうし、「卒業生の半分が行方不明」という位進路も分からないから彼ら自身としても社会的な成功を遂げるかどうかは分からない。でも、「絵を描いていたら40時間くらい過ぎていた」とか平気で話す、元グラフィティアーティストで少年院出身の学生の言葉を聞いていると、彼らにとって最も集中してモノを作れる時が一番成功している瞬間なんだろうなと思う。翻って考えてみると、今の自分が所属しているITの世界のプログラマーたちはそんな人が多い。寝食を忘れて没頭しながらサービスを作ってきたような人がウヨウヨいる世界であり、すごく通じるものを感じると同時に、自分には全くその世界に達していないことを哀しくも思う。作っていて楽しい、夢中になっている時間があり、その気持ちよさも体感しているが、彼らとはケタが違う感じをビシビシ感じるのだ。1時間集中したら段々途切れてなんとなくyou tube見てしまう。

そんな感じの距離を感じつつも、単純な画力、「目に映るものを紙に写し取る」能力であれば、肉薄できたのではないかという感じがするのだ。勿論、時間とエネルギーをそこに分配しなかった自分の選択の違いというだけではあるのだが、アニメーターの予備校生時代や藝大生の受験時のデッサンを見る限り、高校生時代の自分なら十分に通用する気がする。お笑い芸人のティモンディ高岸氏は150キロを投げられる能力を持ちながら芸人をやっているわけだが、おこがましいかもしれないが自分も同じようなものなのでは?という人生のアナザーストーリーを感じてしまう。

かといって、自分のつちかってきた能力を謙遜する気は勿論ない。今や34歳のIT系の平凡おじさんだが、なんだかんだ飽きず、新しい技術動向が気になるし楽しくやれているのはITに関しても素養があったのだとは思う。過去の自分を責める気は全くないが、かといって芸術に抗いがたい魅力を抱えている自分も事実なので、やはり次の仕事ではなんとなく芸術とITの交差する場所で働いてみたいな、とは思う。