midnight in a perfect world

webエンジニアのメモ

 「あなたの人生の物語」を読む。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

 初テッド・チャン作品ということで「息吹」も読んでみたいけど、「メッセージ」で映画化もしたこちらを先に読んでみた。いくつかの短編集となっており、表題作と「理解」「ゼロで割る」「バビロンの塔」辺りが面白かった。

感触としてはグレッグ・イーガンバリントン J ベイリーに近い面白さ。いかにも、というSF的なガジェットを多用するよりも、ワンアイデアを突き詰めて構成や演出で読ませるというか。「世界をどう知覚するか」ということに意識的で、極限まで知覚能力が高まった個人を描いた「理解」だったり、異星人との邂逅と彼らの言語を学ぶことを通して新しい知覚を得ていく研究者を描いた 「あなたの人生の物語」は特にそれが顕著で、前者は世界のあらゆる事象を理解できるようになった人間同士が株価の操作を通じてお互いを認識し、戦うという流れの描写は能力バトルマンガのような面白さがあったし、後者は「新しい知覚を得た人間の時間感覚」で記された一人称の文章ということで特徴的な構成が徐々に種明しされることのカタルシスもあって面白かった。「ゼロで割る」も自分が発見した理論が自分の信じてきた数学世界全てを否定することになる話で「いまや数学は、まったく現実と無関係になったのよ」とか「実証主義者たちがよくいっていた言葉に、数学は同語反復だというのがある。でもそれは全く誤解である。数学は自己撞着なのだ。」というパンチラインが刺さった。さらに、「古典物理学者が量子力学に直面したようなものなんだ。これまでずっと自分の信じてきた理論が否定されて、新しい理論は意味をなさないのに、どうやらすべての証拠がそれを支持しているらしい」という物理学者の夫に対しても、「いいえ、それとはぜんぜんちがう。」「これは証拠とはなんの関係もない。全てがアプリオリなの。」というのもなるほどねーという感じで面白い。実は誰が発見するかどうかということとは関係なく、数学の記述する世界はもともとこうだったのだという事実がより数学者の心を苦しめるという。